- Date:2006.04.27(Thu)21:08 |
- Category:[愛しの長渕剛殿◆総合◆]
父ちゃんは、燃ゆる生きた桜島だ
書道家の柿沼康二氏にも、エッチャンから訃報の連絡があったらしいです。
26日、東京・築地本願寺で剛の父上、邦治さんの葬儀が営まれました。ちょうど同じ頃、伯父の葬儀に参列していたんで「今ごろ剛は・・・」と考えてたんですよ。
「CLOSE YOUR EYES」を笛吹さんが奏でるアコースティック・ギターで熱唱。剛の父ちゃんはこの歌に乗って、母ちゃんの元へ逝ったんだねぇ。お通夜の後で一気に書き上げられたという父ちゃんの詩(うた)。
「俺を叱ってくれる人は、どこにいるの?」というくだりでは、ついに耐え切れず、涙声で邦治さんに呼びかけたって・・・。
途中、感極まって「父ちゃーん!」と絶叫する場面もあったそうです。。・゚・(ノД`)・゚・。ウエエェェン 続きは長いのでサンスポで、合掌しながらご覧下さい・・・。
久々にエッチャンを見るのが、こんな悲しい場面になるとは。
お通夜に訪れた萬田久子には、「お互い頑張りましょう」と声をかけたという剛。泣かせるねぇ。お通夜のもようはデイリーでどうぞ。
邦治さんは警察署のマル暴だったので、剛も3歳まで警察官舎暮らし。柔道5段で薩摩人らしい実直な人柄だったそうな。
その父が、剛の音楽に与えた影響は大きい。昇進できない怒り、さまざまな怒りを若かりし日の邦治さんは抱えていた。「そんな親父の怒りが、少年期の俺にも伝播(でんぱ)され、俺の心の中で、それらの怒りは途方もなく増幅されていった。今考えると、そうした怒りが自分の音楽を形成する上では、非常によかった」
うん、わかる。わかるよー剛。
警察官で多忙なため、父子の時間は少なかった。しかし、邦治さんは休日になると大型バイクの後ろに長渕少年を乗せ、家から数時間かかる指宿市の温泉に連れて行ってくれた。父子2人だけのツーリング。帰り道は、遊び疲れた長渕さんがバイクから落ちないよう、柔道の帯で互いの体をくくりつけて走った。いい親父だなぁ〜・・・
これが後に「LICENSE」という素晴らしい曲になるわけですねぇ。
―黙ったままタバコをふかし ずっと遠くを見てた 生真面目だけの自分の人生に 憤りを感じてた―その後故郷を離れ、東京で暮らす中で初めて親への愛情を認識する。
―おれは初めて親父やおふくろをたまらなく愛した―
怒りを内在させた父の大きな背中は、同時に優しい背中でもあったという事は、大人になってからようやく気づくんだよね。
父ちゃんは、剛の心の中で生き続けるのさ。
気張いやんせ、剛よ。
26日、東京・築地本願寺で剛の父上、邦治さんの葬儀が営まれました。ちょうど同じ頃、伯父の葬儀に参列していたんで「今ごろ剛は・・・」と考えてたんですよ。「CLOSE YOUR EYES」を笛吹さんが奏でるアコースティック・ギターで熱唱。剛の父ちゃんはこの歌に乗って、母ちゃんの元へ逝ったんだねぇ。お通夜の後で一気に書き上げられたという父ちゃんの詩(うた)。
「俺を叱ってくれる人は、どこにいるの?」というくだりでは、ついに耐え切れず、涙声で邦治さんに呼びかけたって・・・。
途中、感極まって「父ちゃーん!」と絶叫する場面もあったそうです。。・゚・(ノД`)・゚・。ウエエェェン 続きは長いのでサンスポで、合掌しながらご覧下さい・・・。
久々にエッチャンを見るのが、こんな悲しい場面になるとは。
お通夜に訪れた萬田久子には、「お互い頑張りましょう」と声をかけたという剛。泣かせるねぇ。お通夜のもようはデイリーでどうぞ。 邦治さんは警察署のマル暴だったので、剛も3歳まで警察官舎暮らし。柔道5段で薩摩人らしい実直な人柄だったそうな。
その父が、剛の音楽に与えた影響は大きい。昇進できない怒り、さまざまな怒りを若かりし日の邦治さんは抱えていた。「そんな親父の怒りが、少年期の俺にも伝播(でんぱ)され、俺の心の中で、それらの怒りは途方もなく増幅されていった。今考えると、そうした怒りが自分の音楽を形成する上では、非常によかった」
うん、わかる。わかるよー剛。
警察官で多忙なため、父子の時間は少なかった。しかし、邦治さんは休日になると大型バイクの後ろに長渕少年を乗せ、家から数時間かかる指宿市の温泉に連れて行ってくれた。父子2人だけのツーリング。帰り道は、遊び疲れた長渕さんがバイクから落ちないよう、柔道の帯で互いの体をくくりつけて走った。いい親父だなぁ〜・・・
これが後に「LICENSE」という素晴らしい曲になるわけですねぇ。
―黙ったままタバコをふかし ずっと遠くを見てた 生真面目だけの自分の人生に 憤りを感じてた―その後故郷を離れ、東京で暮らす中で初めて親への愛情を認識する。
―おれは初めて親父やおふくろをたまらなく愛した―
怒りを内在させた父の大きな背中は、同時に優しい背中でもあったという事は、大人になってからようやく気づくんだよね。
父ちゃんは、剛の心の中で生き続けるのさ。
気張いやんせ、剛よ。



Comment
僕らも気張りましょう!
お父さんも、剛兄も幸せモンやなぁ。
父ちゃんの詩を読んでそう思いました。
でも、一生懸命に生きたからこそ、そういう幸せが感じられるんかな。
★りんちゃん★
あたしが書いた予想図と、ほぼ同じじゃん〜っ。
話を戻して・・・そうだよね、この親子は幸せだよね。
こういった形で思いを詩にできる剛も、そしてそんな息子を持った父もね。思いを詩で残せるって、マジで羨ましいと思うよ。
その気持ちがさぁ、永遠に残せるんだもんね。
うちらも負けずに一生懸命に生きよう!
よっしゃ、気張るで〜っ!
剛父の訃報を聞いて
相変わらずその情景が浮かんで来る様な歌詞に感動しつつ、自分自身の親も年をとってやがて別れる時がくるんだなあと、毒を吐くのも忘れ色々考えてしまった一日でした。
参列者に「植木等」がいたのも何となく嬉しかったりします。
NoTitle
が、やはりレンゲさんのブログ記事が一番ですね!。いつもわかりやすい解説をありがとうございます。
志らく曰く、『落語はリズム&メロディで語る』と言っておりますが、レンゲさんの文体にもリズム&メロディがいつも心地よく存在してるので、長文でも読者を決して飽きさせないし、今日などは書道家ネタから入ってちょっぴり人を惹き付けるところなんて、もう!憎らしいほどすばらしいですぅ。
それになにより、剛への深い愛が文面に溢れておりますね。
すごい文才の持ち主だなぁ・・ホントに。
NoTitle
そして気付く!
「ああ、俺もまた生きた燃ゆる桜島なのだ!!」と。
燻って煙を上げているように見える
休火山の中でも
煮えたぎるマグマが生まれ続ける
沸きあがるマグマが如く
燃え滾る血潮が
感性を後押しする時
多くの魂を沸き上がらせる
人間賛歌が
生まれいずる
その叫びを待っている多くの人がいる
剛はそして気付く!
「ああ、俺もまた生きた燃ゆる桜島なのだ!!」と。
★シグルイきすけ殿★
今回は、伯父の葬儀と重なった事もあり、やがて
親との別れの日が来るのだと、しみじみ思いました。
こちら、カーステは、コンソールボックスの蓋が壊れて開かなくなり、CDが替えられませ〜んっ!チッキショー!!
★おはぎちゃん★
朝から体中がかゆいですよ。
だってさー、暴露しますと何を隠そうこの記事は、あっちこっちの新聞記事の文章を混ぜて、入れ替えて、手を加えて、いじくりまわして完成しておるのですよ。
ああ、言っちゃった!
ですから、文才じゃなく編才でーす(・∀・)
しかし剛への愛は本物ですよ〜
でも喜んでいただけて何より嬉しいです!励みになります・・・。
★stayさん★
★丸ちゃん★
剛もまた生きた燃ゆる桜島。最高の言葉ですね。
己が桜島なのだと気づく日が、早く訪れる事を祈ります。
この悲しみもまたマグマのごとく唄として溢れ出てくる日を待ちたいと思います。
丸ちゃんの口からこんな言葉を聞けるとは、姐ちゃん嬉しいよ・・・(泣)昨日の朝、丸ちゃんのコメントで「父ちゃんの詩」を知ったし、ほんとアリガトウ。
NoTitle
こちらもお願いしてよろしいでしょうか?
stay
★stayさん★
どーぞどーぞ、トラバっちゃってくださいよ。
こんなレンゲレンゲですが(笑)よろしいですか?
長淵さんは鹿児島人の心。
20歳の時に夢をどうしても諦める事が出来ず、確かな確信や希望も無いままただ漠然と気持ちに任せて鹿児島から東京に出てきた。
都会で毎日アルバイトしながら自分の小ささ、弱さを思い知らされながら過ごす毎日、
『僕みたいな弱い男には夢なんて叶えることなんかできやしない』なんて悲観的な事ばかりが僕に降りかかる毎日。。。
でも毎日部屋に帰ると1人やるせない気持ちで涙ばかり出てくる、あの日。。
その時邪魔してたもの、しょうもないちっぽけな見栄やプライド。たかが20年しか生きてきてないのにそんなものがその時の僕を支配していた。
僕の兄は長渕剛のファンだ。
僕は正直何処がいいのか5年前までまったく理解できないでいた。
そんな時、ふと長渕剛の『気張いやんせ』という詩を思い出した(今思えば偶然ではなく薩摩隼人の僕には必然的だったのだろう)
とめどなく涙が溢れて来た、今思い出してもあんなに泣いたことなんてないと思う。
その時から確かに僕は変わった、今現在の自分を素直に認めよう、自分の弱さ、未熟さ、素直に全て認めようと心に決心した。
今までこの様なことを認めたら自分自身が崩れてしまうと思っていた、しかし帰ってきた答えは違っていた。
頭の中で今までにないぐらい鮮明に目標を捕らえることが出来ていた。
それから僕は自ら金を稼ぎ学校に入り勉強した、、
初めて学問の素晴らしさに気が付いた、良い大学に入る為に勉強なんてするもんじゃない!学問はそんな安っぽいものではない!現代の子供にそれを教えたいと思ったし、自分自身もきずかされた。
今、僕はエンジニアとして日々働いている。
この道は将来の僕の道に繋がっている、確かに繋がっている。
僕という人格を形成してくれた人、、、
母さん、父さん、僕の近くに居た素晴らしい人々
そして長渕剛。
★薩摩隼人さん★
素晴らしいコメント、本当にありがとうございます。
心から嬉しく思います。
今、薩摩隼人さんにとっての長渕剛の存在の大きさが、
どれほどのものなのかが、その文章から伝わってきます。
自分の弱さや小ささに気付いて、愕然とすることがありますよね。だけどそれに気付いたとき、一回り大きくなれるような気がします。
薩摩隼人さんにとって、それを気付かせてくれたのが、長渕剛の曲だったんですね。
薩摩隼人さんを変えた一曲・・・。「気張いやんせ」。
恐らく多くの長渕ファンが、彼によって何かを気付かせてもらい、自分の中の何かが目覚めたり、はじけたり、何かが変わったり・・・・何かを得ているんじゃないかな、と想像します。
そんな力が彼の歌にはあり、一度彼から何かを得た者たちは、彼の持つスピリットに魅了され続けるのかもしれませんね。
将来の夢に向かって、頑張ってください。
いつかどこかのライブ会場で合いましょう♪
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