「R」 あ~る指定。

長渕と共に おはようからオヤスミまで暮らしをみつめてきましたが、只今休止中です

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私にとって神とは何か

いつものように行きつけの店へ。
・・・と言うとかっこいいな、ブックオフだけど(笑) 

「私にとって神とは何か」ってタイトルがめっちゃ気になった!
どんな内容なのかぺらぺら~っとめくってみると、色んな著名人の「神」に対する見解がまとめられているっぽい。
目次を見てみると、ダライ・ラマやマザー・テレサらの名前があって、彼らにとっての「神」とは一体どういうものなのか非常に興味をそそられ、即購入です。
だって~ 105円で神がわかれば激安♪

私にとって神とは何か私にとって神とは何か
(1991/11)
リチャード カールスン、

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26人の、偉人と呼ばれる人たちにとっての「神」が、それぞれの言葉で記されています。
偉人らしいんですが、実はほとんどワタシは知らな~い (´・ω・`)
 
まずダライ・ラマは、そもそも「神」という言葉は使ってなかったな。
彼の所見は、優しさ・思いやり・寛容さ・そして心と知力との調和など、魂の概念。
「特別な信仰や宗教を持っていてもいなくても、愛と思いやりと寛容さがあれば人間は生きていくことができる。ある人の神に対する愛を確実に証明するのは、その人が同胞である人間に対してこころからの愛を与えているかどうかである。」と書かれてる。

マザー・テレサは、「神がほんとうに欲していることは、わたしたちが神を愛することだけです。神ヘの愛を示す為にわたし達ができることは、他の人のために役にたつことです。もっとも重要なことはわたしたちの神への愛です。なぜならわたしたちはすべて、愛し愛されるという唯一の目的のために創造されているのです。」と言ってる。

う~ん。結局彼らにとって神とは何なのか、これだけではわからず。
愛のある生き方をしなさいってことのようだけど。それが神ってことなのか?

ほかに「愛を通して神を見出す」、「神は内在する」、「感覚を通して神と出会う」「ともに生きている」・・・・など表現方法は違っているものの、それぞれの者が持つ「神」への認識は、やはり自分とともにあるものということで共通しているように感じたなぁ。


「神」とは何なのか?というタイトルをつけてるわりには、結局は「神」とは何なのかとか、そんな定義にこだわることよりも、日々の生活の中で、神に愛される行いをしていくことが大事だよ~・・・・ということのようでした (´Д`;)

要は、筆者達が言ってることはみんな表現方法は異なっているんだけれども、我々が心を開けばどこにでも神を見ることができるし、私達のまわりにあるすべてのものと、自分の内部にあるすべてのものが神の鏡なのだということのようです。
イマイチピンと来ないけどw。 

結局は、神は探し求めるものではなくて、いつも自分と共に在る物だということらしい。
「神」という言葉をつかわなくても、心を開いて正しく生きることで常に自分とともに在ることに気付くことができると・・・・。

何だかわかったようなわからないような・・・。
それにしても、立派な人たちってのは、みんな常に神の存在を意識しながら、いつも愛や思いやりをもって生きられるのですねぇ~。
そして、それぞれが自分にとっての「神」を、きちんとした言葉で語ることができるのが、やっぱりすごいなぁ~と思いますよ。

最後に、それぞれに自分の旅を続けるうちに、われわれが生まれてきた目的は神を見いだすこと、真実を知ること、自分自身を知ることだったのだということを理解するだろう。という言葉でしめられています。

心からそれを理解できる日が、こんなワタシにも来るんだろうか?
結局はこの本を読んでも、ワタシの頭では「神」が何なのかよくわからなかったけど、愛や優しさ、思いやりの心など、人として大切なものを忘れずに自分の核として生きることで、少しずつ自分なりの「神」が形作られていくんだろうな~と、おぼろげながら思いました。
とりあえずは、神に嫌われないように日々を生きる努力はしたいと思います♪

あんまり中国の悪口ばっか言ってると、嫌われるちゃ~うっw(笑)

Comment

神・・・

わからないけど、もし自分がしんだら・・・死ななくてもいいけど、(笑)やっぱり心打たれるものに応援や声援や、力を貸してあげたい!とおもうんだよね。それと同じなんじゃないかなあ。
(何の根拠もないけれどさ)それの目には見えないなにか。
そんな力を彼らは神と言ってる様な気がしたよ。気ですが。
自分の中に内在するおぼろげな愛を、前面に押し出し体得する為の人生の様な気もします。あくまで?です。(笑)
  • posted by ひまわり 
  • URL 
  • at 2008.08/09 02:36 
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抽象的ですよね。

 坊さんにしても神父にしても、ましてやダライラマもヨハネパウロも、普段何やってんだか分かんないですよね。
 祭り上げられて偉人って言われても納得デキネ。
 マザーテレサはやってきた事が分かるので何か納得できるけど。
  • posted by フクフク丸 
  • URL 
  • at 2008.08/09 05:34 
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【話がまとまってないんですけど、読んでください(笑)】

『神』ねぇ。
実をいうと、俺は自分なりに、そういった生命観を勉強してるんですけども。
世間一般の『神』てのは、感覚てきに超常現象をおこせる、“自分以外の誰か(もしくは“何か”)”。
願い事を叶えてくれる、“目に見えない、不思議なチカラ”のようですが、
神というか、そういったチカラってのは、自分自身に内在すると、俺も学びました。

よくわからんかも知れませんが。

生命とは、目に見えているようで見えないもの。
例えば、心臓は自分の意志ではなく勝手に動いている。

しかしながら痩せたり太ったりするのは、自分のさじ加減。
ギターが上手くなるようにするのも自分。
だけれども、内臓は意志とは別のところで、“勝手に”動いている。

…あ~、話がまとまらない(笑)

生命論ってのは、やすやすと理解できないもの。
“難信難解(なんしんなんげ)”という言葉があるぐらいですからね。

結局、俺は何を言いたかったのか、伝えきれてないなぁ…Y(>_<、)Y

  • posted by ローディー♪ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 09:54 
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余が神である(笑)

誰かが言ってるじゃん
「信じるものは救われる」って。。。
神さんって、この世の全て(見えるもの見えないもの含)の自然をサイクルするシステムだと思う
そして、そのエネルギーは全てプラス方向に進むもの
だから、プラス思考と波長は繋がりよい方向へと向かう
てか、「神」とはなんてこたぁ所詮わかりっこありません(笑)
でも、「悟り」は簡単に開けることはできるでしょう♪

しかし・・・暑い・・・


  • posted by おやじ  
  • URL 
  • at 2008.08/09 11:31 
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★ひま君★

>やっぱり心打たれるものに応援や声援や、力を貸してあげたい!とおもうんだよね。それと同じなんじゃないかなあ。

結局、正しく良い行いをしている人、頑張って生きている人には、神が味方をしてくれるってことなのかな。
ただ人間として、誰が見ても素晴らしいと思える人が、必ずしも良い人生を生きられていないというところに、やっぱり矛盾を感じたりもするんですよねぇ~。

それでも、ちゃんと自分が神とともにあることに気付いている人ならば、傍から見えて不幸に見えても、本人は案外幸せだったりするのかもしれない・・・。
何が本当の幸せなのかに気付くってことかな。

それにしても、悪がのさばって幸せに生きられる世の中を見ると、神とは何なのか?と、つい考えたくなります。
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 12:08 
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★丸ちゃん★

>坊さんにしても神父にしても、ましてやダライラマもヨハネパウロも、普段何やってんだか分かんないですよね。
うひゃひゃ!確かにw。
偉人とか聖職者とか言われてる人って、結構その実態はわかんなかったりしますね。
実際、金儲け主義の坊さんだってゴロゴロいるし。

そこらヘンで汗水垂らして家族のために、一生懸命働いているおっさんの方が、実はすごいのかもしれない・・・。
世界的に有名であろうとなかろうと、ノーベル平和賞なんかとらなくたって、この世の中にはいっぱい偉人がいますよね。
そしてそういう人が実はものすごい独自の哲学を持ってたりして、驚かされる事があります。
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 12:16 
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★ローディー♪ちゃん★

年齢を重ねると、やはり人は生命感とか宇宙観というものを深く考えはじめる生き物なんでしょうかねえ。
ワタシも若くてピチピチだった頃は(そう言う時期もあった)、あんまり考えた事なかったんだけどね。

ワタシ、ローディー♪ちゃんの言いたい事が何となくわかる気がする。
昔は「神様」とか言って、自分とは別の次元にいる、何か人格を持ったものだったんですけども、現在のワタシにとっての「神」というものは、人格を持たない大きな何か になってきました。

宇宙の源のようなもの・・・・。
そしてそうなると、「そんじゃー宇宙ってのは何なの?」ってことになってくるわけで、物質宇宙と精神宇宙を考え出すわけです。

その精神宇宙と呼ばれる部分が、「神」と一つになってる部分のような気がします。
ワタシのイメージでは、生命すべての魂みたいなものが、根っ子のところで一つにつながって溶け合っている・・・・。

それが「神」なのかどうかわかんないですけど。
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 12:28 
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★おやじ殿★

宇宙とは成長を好む意識体だと聞いた事があります。
自然をサイクルするシステムが神か。
となると今、自然に逆らおうとしてきた人間が、そのサイクルシステムを壊しそうになってるってことですね。

もともとは、人間のプラス思考によって考え出されてきたであろうものが、その結果、自然のしくみを壊すようになってしまったというのは、そのエネルギーがプラスに働かなかったってことになっちゃうなぁ。

その経験から学んで、さらに良いものを考え出すことが、結局プラスということなんだろうか。

100%良かれと思ってしたことが、必ずしもプラスに働かなかったりすると、「あれ?波長の法則はどうなの?」と思ってしまうことがある未熟者ですw。

まぁ今出てる波長は、すぐにははね返って来ないといいますから、過去によっぽど悪い波長を出してたんだろう~・・・って納得することにしてますけども(笑)。
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 12:41 
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昨夜は・・

行きつけの店でひとり居酒屋してました!
んで初物のサンマを食した訳でございます。(有難う!北海道!有難う!フク丸君、ロー♪君!笑)
こんな美味しい魚とお酒がいただけるのも神様のお陰ですな(笑)

という訳で本題に入りたいと思います。
俺にとって「神」とは何か?

今年は2回も葬式を出してしまったのでお経を唱える機会が多かった!家は代々仏教徒なので仕方がないんやけどとても有難く感じるし、なんかね唱えてるうちにトランス状態にねるんやね、不思議と。

それに怖い目にあったりとかすると「ナマンダブ・・」とか言ってしまうし・・(笑)
だから俺にとっての「神」とは「阿弥陀如来」である!

とは言えない・・(笑)
そもそもこの様な事は習慣であって本気で信じているわけではない。
ただ先祖を大切するというのは大事だと思うし、やはり何かあれば寺にお世話になるから存在としては大きいけどね。

前に「宇宙考古学」の話しをしたけど、古代に飛来した宇宙人が人間に色々教えたりして神とされて崇められたって話も面白いと思うなあ(ちょっと信じられんけど~笑)

で、結論はどうかと言うと・・ヨク解らない(笑)
まあ強いて言うならば、自然の摂理であったり、宇宙であったり・・。
要するに自然崇拝である氏神様とか道祖神とかに近い感覚かなあ。
でも神様の絵を描けって言われたら、間違いなくヨボヨボの白髪で髪ボウボウの杖もった爺さんを描くと思う(笑)

最後に、「神さん」よりも「カミさん」が欲しい~(爆)
  • posted by 一刻者 
  • URL 
  • at 2008.08/09 13:23 
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物質と精神

「神」みたいなものの話をするとき、「神」と書くかどうかで迷います。

「神」と書くとキリスト教やユダヤ教の神をイメージしているような感じになってしまいそうだし、「仏」と書くと限定されてしまうし…なんて時々思います。

それで、レンゲさんが以前言っておられた「サムシング・グレイト」という言葉は、「すごくいい!!」と思いました。
その言葉なら、全てを含んで言い表してくれる気がしました。

難しい話はよく分からないんですが、物質と精神のことは時々考えます。

物質としての存在がなくなっても、精神が生き続けるということがあるようだと思ったりします。
早死にしてしまった人ほど、残された人たちの心の中にその人の精神が生き続けるようだから、物質の死=精神の死ではないみたいだと思ったりします。
  • posted by mar 
  • URL 
  • at 2008.08/09 15:03 
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俗物

全ての物に対して愛や優しさ、思いやりを持つ心…これらが核となって自らの中に神が形作られるとしたら、
例え何度転生を重ねたとしても、自分の場合は永遠に神の領域には達せないような気がします(苦笑)

今まで生きてきた中で困っている人に力を貸したりして感謝してもらえた事もあるけど、
それらは全部、自分の自己満足の為だったような気もしますし、あと、これは大人になってから実感した事なんですが、何らかの打算を働かせて動いていたような時もあったんですよね…。自分がしたい事を自分の本能や何らかの意図に従ってやって来ただけのような感じです。
また、そのような気持ちを掻き立てられる対象も決して無制限ではありませんでした。

その一方で、ふと、ある時に日頃は決して気付かなかった己の冷酷な一面を自覚する事もありました。

そして、決して愛や優しさ、思いやりばかりでない、醜い面も多分に兼ね備えた己を自覚するからこそ、
「貴方は優しい方ですね」と言われた時も内心では「そんな事無いよ…」なんて思ったり…。

こういう自分ですから、決して己の中に神が宿るような事は無いような気がしますし、
これからも毎日、自分という愚かな存在を引きづりながら生きていく事でしょう。

暗い内容でスミマセンm(_ _)m
  • posted by しゃぼん玉ケンシロウ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 16:47 
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★一刻者さん★

ひとり居酒屋で初サンマとは、いい時間過ごしましたね♪

お経でトランス状態になるって言うのはわかる気がする。
ワタシの場合は自分の声じゃなくて、お坊さんの響きわたる声を聞いてるうちに、トランス状態みたいになってきますね。心が「無」になっていくというか・・・。たいへん気持ちがいい!

「神さま仏さま」って言いますが、神社と仏閣も違うし、神と仏も違うんだけど、どちらもワタシ達と繋がっている存在のような気がする。

そう言われてみると、怖い時に「助けて・・・!」と心で救いを求めるのは、ワタシの場合はどちらかというと仏様なのかもしれないわ~。今気づいたw。

古代に飛来した宇宙人の話だけど、もしかしたらそんなことも無かったとは言いきれないよね。
宇宙人じゃないにしても、太古の昔に地球にかなりの知的生命体が存在していた可能性は捨てきれないと思うし。

昔からずっと人間は、(「神」という言葉は別としても)、何かわからない偉大なもの(力)に対して、畏怖の念は持ち続けてきたんでしょうね。
それが不思議・・・。

>「神さん」よりも「カミさん」が欲しい~
正直でよろしい(笑) 山からカミさんがおりてきて
頭を撫でてくれるといいねw。
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 17:21 
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★marさん★

「神」と言いますが、やはりワタシも抵抗がありますね。marさんと同じ理由で。
「神」と言うと、何か人格を持った「神さま」みたいなイメージになってしまう気がするんですが、サムシング・グレイトという言葉はぴったりきます。

ワタシは昔は死んだら全てが無になると思ってたんですけど、大人になるにつれて、物質である肉体が死んでも、魂は生き続けるのだろうと思うようになってきました。
なんか順序が逆みたいですけど、子供の頃の方が死についてはクールだったのかな(笑)

亡くなった人の精神は、残された人の心の中で・・・という形で生き続けるということは言えますよね。
でもそれとは別に、本当にその人の魂が、肉体は滅びても「個」として存続し続けるような気がしてるんですよ。

そういった魂の集合体みたいなものが、精神宇宙として、この物質宇宙とは別に存在しているんじゃないかと思うんです。
それは死んだ魂だけの場所というわけではなく、人の魂は本来そこに繋がっているんじゃないかと思うわけです。
気付かないだけで。

そこは悪が存在しない、愛とか思いやりだけの世界であり、死んで現世を離れてそこに帰った時に、本来の清らかな自分を思い出すのかな~・・・・なんてね。

そこが神(サムシング・グレイト)の根源なのかしら・・・などと考えています。
だから、やっぱり神(サムシング・グレイト)は自分に内在するものなんじゃないかと思います。
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 17:37 
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★しゃぼケンちゃん★

ワタシは、本来は人間誰しもが、愛や優しさ・思いやりの心で形成されている存在なんじゃないかと思いますよ。

ワタシは生まれ変わりってのを信じてるんですが、生まれてきた瞬間に、今回生まれてきた目的や過去生での記憶を忘れてしまうから、また人間社会で生きていくうちに、少しずつ汚れていってしまうんじゃないかなーと。


でも、それが人間なんじゃないですかねえ。
いくらいい人だって、100%愛の心で生きるのは不可能に近いと思いますから・・・。
所詮、どう頑張って生きてみても、神の領域には達することはできないんでしょうね。

でも、そういうことに気付くことができるところが、人の素晴らしいところじゃない?
人を喜ばせたけど、これは自己満足だったなぁ・・・とか、自分は何て冷たい人間なんだろう・・・とか、そんな風に自分をみつめられれば、少しずつ善くなっていくことができるんじゃないかなぁ。

ワタシもいつもケンちゃんと一緒です。
ただの偽善者だなぁ・・・とか、自己満足だったなぁ・・・・って、しょっちゅう自己嫌悪。

決して己の中に神が宿るような事は無いような気がすると言うけど、ワタシは初めから誰の中にも宿っているんじゃないかと思うんです。
宿っているという言い方が適切かどうかわかりませんけど。

自分を常によくみつめて、本来の 愛で満ち溢れた自分──それが誰の中にもある神につながる部分のような気がします──で生きれるようになりたいです。
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 17:53 
  • [編集]

「神さん」よりも「カミさん」が・・

怖い!という輩も多いのでは~(笑)

え~先程の仏教の話ですが、まさに色んな宗派があってその違いを調べるとこれが意外と面白い。
大乗仏教とか小乗仏教とか、誰が開祖であるとか、お経の違いとか・・調べだすとキリがない。

最近、多分レンゲさんの影響もあるんだろうけどさ、寺に行くと心癒されるんだよな。
あんまり有名な寺じゃなくてどこかの山寺みたいなとこ。
この前掃除に行った寺はあまり思わないけど(色んな理由があるがここでは書けない笑)

俺、結婚式はホテルに備え付けの教会?でやったけど、全然キリスト教って信じてないし、よく知らない。
そんなヤツが教会で挙げていいのかなと思う(笑)
でも本物の教会行くと心安らぐだろうか?

正月には初詣に神社にも行くし、なんだか良く解らんなあやっぱし(笑)

あっ、そうそう俺9月に昇格試験があってね、当日にお題が出されて2時間で論文書かなきゃならんのですわ~。
という訳でここや他の皆のブログで文章書く練習させてもらってま~す(笑)
あ~でもオチつけられへんなあ論文じゃあ(苦笑)
  • posted by 一刻者 
  • URL 
  • at 2008.08/09 21:54 
  • [編集]

★一刻者さん★

偶然だけど先日ワタシも、確か永平寺の修行に興味を持って、色々とネットサーフィンしていたら、仏教の宗派の違いやお経の違いだとかが詳しく出ているサイトにたどりついちゃって、
何気に見てたら面白くてさー♪

ワタシも近ごろ本当に寺好きになっちまいました(笑)
行ってそこの空気を吸い込むだけで、何か清らかな気持ちになれて、ストレス解消できる気がするよね。

今度、少し山奥の宿坊にでも泊って、一度滝にでも打たれてみたいなぁーなんて、漠然と思ってるところです。

源公として掃除に行った寺ではあんまり思わない?
その理由が書けないって言われると、逆に気になるわ~(笑)

日本人って、あんまりガチガチに宗教に縛られてる人って少ないじゃない?
結婚式はホテルの教会でやって、正月は初詣に行って、お盆はお墓参りして、クリスマスはツリー飾ってお祝い・・・これが一般的な日本人だよね。ワタシもそうです。
美味しいトコどりってやつ?(笑)

でもねぇ、ワタシは特にキリスト崇拝ってわけじゃなく、無宗教なんですけども、幼稚園がキリスト教だったせいか、やっぱり教会というのは特別な場所ですね。

一刻者さん、9月に昇格試験? (^Д^)人(^Д^)
そしたらみんなで応援しなくっちゃ~!!
当日にお題が出て2時間で論文ってのは相当キツイっすね~っ。気張いやんせ~!

でも論文、オチはいらんじゃろ、オチは・・・(^_^;)
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/09 22:31 
  • [編集]

永平寺か・・

福井県にある曹洞宗大本山のひとつやね!←今調べた。
そこで修行とか体験できんの?
まあ永平寺でなくともそれって興味あるな。

四国巡礼に続くイベントとしてここのメンバーでやってみればおもしろいかも。←おもしろいは不謹慎か(笑)
禅問答とかもあるんかな?
滝に打たれてみたい気がする。
「バシーン!」って思い切り肩を棒?で叩かれてみたりして。

ハイ、多分最初に逃げ出すのは俺で~す(笑)
  • posted by 一刻者 
  • URL 
  • at 2008.08/09 23:50 
  • [編集]

★一刻者さん★

そうそう。その永平寺だよ。修行と言えば永平寺。
特にワタ自身が修行したくて調べたってわけじゃないんだけど、永平寺の禅修業に興味あったの。
永平寺は町自体が禅の町で、子供らもすごい礼儀正しいらしいです。テレビ番組で見たんだけど、中学校でも掃除とか挨拶とかの教育が行き届いていて、本当に素晴らしい町でした。

永平寺は体験修行もできるみたいね。
泊って体験修行みたいなのができるお寺はけっこうあるよ。

一刻者さん、禅問答は得意そうw♪
ワタシは前に一度、坐禅と写経の体験はしたことあるんだけど、心が静かに落ち着いて、なんだか新鮮だったなぁ。そして、その後の住職のお話が良かったはずなんですが、住職があまりにイケメンだったので、内容が頭に入ってませ~ん(笑)
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/10 19:25 
  • [編集]

しあわせは感じるもの。神様も感じるもの?

頭で神様を考えても難しいですよね。
実際に神様を信じて生きている人に近づいて話をしてみてください。
自分も20年ほど教会から離れて長渕剛を人間として愛し支えにしてきましたが、今自分の支えは、教会での人との出会いと神への信仰です。
長淵剛の歌からも神様や仏様を感じることができますよね。
剛がそうだったように、一歩前に踏み出して神様仏様を感じてみてはどうでしょうか。
自分はキリスト教を信仰していますが、キリスト教放送局febcは神様を考える上でとても参考になるかと思います。
よかったら聞いてみてください。
http://www.febcjp.com/cdshop/mf101.html
  • posted by きらめき燕 
  • URL 
  • at 2008.08/10 23:09 
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★きらめき燕 さん★

ありがとうございます。
そうですね、頭で考えるものじゃないんでしょうね。
というよりも、考えても考えなくても、感じようが感じまいが、常に自分とともにあるものなんじゃないんでしょうか。

私はキリスト教を信仰してはいませんが、神(のようなもの)を感じられることはあります。
長渕も歌の神さまかもしれませんが、やっぱり彼は私達と同じ人間ですね。だからこそ好きなんですけどね。

剛のJapanの頃の映像見ると、ネ申 降臨!とか思わず言っちゃいますけど(笑)
素晴らしい人はやっぱりオーラみたいなものがあって、神々しいんですよね~♪
  • posted by レンゲ 
  • URL 
  • at 2008.08/11 23:07 
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